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2013.10.27 不調。
ここのところ、かれこれ2-3週間?不調が続いている。

原因不明の頭痛は依然治らず、今日も頭が痛い。
サッカーも不調、精神状態もすぐれず、仕事が終わって夜帰ってきても、何をすればよいかわからず無駄に時間を過ごしてしまう。

寝る前にそのことを反省したつもりでも、また同じことを繰り返している。

なんなんだこの不調。

イケイケドンドンに戻れ!
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2013.10.21 自信。
自分の得てきた経験は他人に負けないところがあるはず。

自信を持って臨んでいいはず。

先を行く人を見ても、全部が全部足りない訳じゃない。


今の自分に必要なのは自信だ。
2013.10.20 疲労。
この国にいる在留邦人の間では、「○ーバ疲れ」という言葉があるようだ。

今、まさにその症状が出ているのかもしれない。

近隣諸国に出張に行って、戻ってくると、人々のあまりの無礼さ、適当さに嫌になってしまうことがある。
それも空港に入った途端から、入国審査、荷物検査、タクシー…と、家に帰るまでのあらゆる段階で。

2年半、現地人を見下すような「金持ち外国人」になるまいと思いながら、現地の人との交流を大切にしてきたつもりだけど、数々の頼まれごと、無礼(とは本人は思っていない)な言動、無責任&丸投げな仕事、、、、、がつもり重なって、「善意のバケツ」がいっぱいになってしまった感がする。



先日はいつもサッカーをしてる現地人の友達があまりに口うるさいので、とうとうキレてしまった。
他の外国人も彼には多少なりとも不満を持っているのだけど、ついに我慢の限界がきて、キレてしまった。
絶対に俺が正しいとは確信しているけど、絶対にわかってもらえないし、結局こっちが下手に出て謝るしかないのかもしれないけど、正直そうやって、「損」し続けていることに疲れが出ている。






もう一つ、最強に忙しかった9月の反動か、ここ数週間微妙に体調がすぐれない。
さらに今週は原因不明の頭痛が続いて、せっかくの休日も寝て過ごす。。。

平日の仕事の疲れを休日休んでとるというのでは、何のために生きているのかわからない。
休日を寝て過ごすというのは、非常に残念なことだ。


また体調万全・善意のバケツを担いで走り回りたいー。

2013.10.09 社交。
サッカーや音楽をする理由は二つある。

一つはサッカー・音楽そのものの技術向上。

状況判断、動き、シュート、パス、トラップ、フェイント…
どうしたらうまくなるか?
彼はどうしてこのプレーができるのか?
工夫はどこにあるのか?
自分には何が足りない?

音程、リズム、テンポ、ビブラート、フレージング、指使い、弓のスピード、
スラー、スタッカート、強弱、緩急…
どうしたら良い音楽が鳴るか?
彼はどうしてこの音を出せるのか?
工夫はどこにあるのか?
自分には何が足りない?


そして二つ目が、社交。


音楽を通じて知り合った人間はもとより。

サッカーを通じて心を通わせた人間は数知れない。
大半は、今も中南米の国々の路上で今もボールを追い続けているであろう人達。

そんな草の根の繋がりは、今後もっとハイソな世界に顔を突っ込んでいっても、変わらず大切にして
増やし続けていきたい。






2013.10.07 弦楽。
あうー

音楽を演りたいよー。


例えばベートーベンとかチャイコフスキーとかの弦楽曲を演奏したり、
やりたい曲をやりたいようにやったり、

それで音の交わりを楽しめるメンバー。



そういうの作って、まったり音楽をしたい。

ピアノ+バイオリンのデュオでもいいし、
弦楽でもいいし、

募集中です。

日本・海外問わず。

この国にはアマチュアで(ようは趣味で)音楽をするという人がいない。

さらにクラシックとなると、天文学的少なさ。
2013.10.04 出張。
先週に続いて今週も別の国へ出張。

移動は体力を消耗する。

今やらなければいけないことを、落ち着いてやろう。

2013.10.03 魅力。
2009年に知り合ったアメリカ在住中国人の友人がいる。

知り合ったのは、うちにホームステイしていったから。
うちを見つけたのは、ごくたまたま。

うちには1週間かそこらしかいなかったと思う。

その後彼女はアメリカに戻り、それ以来一度も会っていない。
でも、ちょくちょくチャットで話す。

チャットで話すだけなのに、近況を報告すると、とても参考になる示唆をくれるし、
チャットしてるだけでも面白い。こういうことは滅多にない。


電話などで直接声をきいて、相手の波動を感じられるのならともかく、
チャットしていて毎回楽しい気持ちになるというのは本当にないことだと思う。


普段は別段特別な話をしている訳でもない。
お互いの近況とか、家族の話とか、要は世間話。

ではどうして楽しくなるのだろうと考えると、やはりそれは受け答えが「良い感じ」だから、
という以外にないと思う。



つまり、そういう良い感じの受け答えが自然にできる人は、たとえチャットでも、人の好感を得ることができるし、相手を励ましたり考えさせたりすることができるということ。


翻って自分はどうか。

チャットしている相手、メールしている相手を、それだけで良い感じにさせてあげることができるか。




しゃべっている言葉言葉、タイプしている単語単語が全て「自分自身」なのだ。
2013.10.03 添削。
"With a little help from my friends"

Littleじゃない、Bigだな。


色んな所で出会った友人に、色んな場面で助けられている。

自分も助けたいと思うけど、助けられてばかりのことも。

そんな時は、他の人を助けよう。

親切は回りに回って誰かの下に届くかもしれないし。
2013.10.03 一難。
去ってもう一難。。。

全く同じことを以前に書いた記憶もあるけれど。


今度のはまた問題になりそうだ。





今のこの時期のことは、ずっと将来大人になった後も思い出すだろう。

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