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2018.01.10 無駄。
日本の「飲み会」ほど無駄なものはないのではないか。

と真剣に考えてしまう。
・プライベートの用事で仕事を投げ出して帰ることは社会通念上許されないのに、なぜか飲み会になると上司から強制的に仕事を切り上げさせられる。
・乾杯の挨拶という意味のない挨拶。これを上司がやりたがらず他の上司にふるという意味不明なやりとりが数回繰り返される。
・乾杯という意味のない儀式。
・あとは、ひたすら差しさわりの無い話題をする、面白くないのに興味深そうな相槌をうつ、笑う、相手の飲み物に注目する、自分の飲み物が注がれたら驚いたようなリアクションをして礼を言う、を2時間繰り返す。
・国際協力に従事する人間の飲みなのだから、普段腹を割って話すチャンスのない上司に仕事の話をしてほしいし、開眼させて欲しいが、そういう話は一切してはならない。
・最後に締めの挨拶で、これを上司がやりたがらず他の上司にふるという意味不明なやりとりが数回繰り返される。
・なぜか(手頃な)部下が任命されて、「それでは、ご氏名を頂きましたので、~~~~」という意味不明な儀式が繰り返される。
・店の外に出ても全員が出るまで待ち、何度も何度も挨拶をする。
・しまいには一本締めとか言い出す。
・二次会に行くぞと上司から言われて盲従する。


これを毎回の飲み会でやり、

そして5000円も払う。



本当にこんなことが必要なのだろうか。

皆、楽しいと思ってはいないけど付き合いと思って割り切っているのか、
それとも、あの無意味な乾杯の挨拶を有意義な言葉と思って真剣に聞いているのか。

前者であっても後者であっても空しい。






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2017.12.13 振り返り。
今日は久しぶりに夜早く帰宅してサッカー日本代表の試合を観て、まだ時間があったので走ってきた。

年の瀬ということもあり、走りながら一年間を振り返ってみた。

この一年、ほぼ毎週末どこかで11人サッカーの試合をした。
一応、「今が一番うまい」状態ではある。
クリアソンファミリアという素晴らしいチームと知り合うことができたおかげで、レベルの高い試合に初心者同然の自分が入って一緒にプレーさせてくれた。その甲斐あって、他のチームでエンジョイレベルのサッカーをするときに、「できる!」と感じる瞬間もあった。

けれど、自分が望むほどはうまくなっていない。この一年、満足感を感じでグラウンドを後にしたのは、数えるほど。いや、あったかな。心・技・体の弱さを痛感して悶々としながら帰宅することの繰り返しだった。


音楽に関しては、3.11のコンサート、4.29のコンサート、10.22のコンサートと、考えてみれば3回本番を経験した。
エルシステマ・ジャパンにひもづくオーケストラに入っているお陰で、あのエディクソン・ルイスと一緒に弾くどころか友達になれたり、自分でも信じられないような経験をさせてもらえた。

団内指揮もやらせてもらって、初めて「合奏」の指揮も経験することができた。
お陰で、今まで理解していると思っていたブラームスの交響曲第一番を、100倍よく理解することができた。
今まで以上にバイオリン以外のパートにも意識が及ぶようになったと思う。

ただ、肝心のバイオリンの技術は向上どころか、たまに弾いたときに弾き散らかすだけという体たらく。
オーケストラだけで弾いていても、うまくならないのは自明。


結論、サッカーも音楽も、自分が求めるほどには上達できていなくて、全く満足できていない。


ここからが考えの肝心のところ。

サッカーやバイオリンに、時間の制約を受けずに、自分の能力と努力で辿りつける限界までチャレンジしてみたいとよく思う。
学生の時のように、心ゆくまで練習して、次の日も同じように心ゆくまで練習したい。
でも現実は、サッカーもバイオリンもあくまで趣味。
国際協力のプロとしての本業は妥協できない。

仕事も、サッカーも、音楽も、やめるつもりはなく、かつどれも今よりもっとチャレンジしたいと思うなら、できることは、他の時間をさらに削るしかない。他のことをもっと効率よくやって、または一日の時間の使い方をもっと効率よくして、なるべく多くの時間を仕事・サッカー・音楽に割けるようにするしかない。


ここまではいつも思う。でも、何度決心してバイオリンの基礎練を初めても、筋トレを始めても、仕事の忙しさの波が一回押し寄せて引いていくと、習慣として根付かない。で、しばらくして何かの刺激をうけて発奮して…の繰り返し。

この循環を抜け出して、もっと上に行くのにはどうしたら良いだろうか。

結論はふたつ。

1.外部からの刺激を増やす。クリアソンファミリアのおかげで少し成長できたように、常日頃からもっとすごい人に囲まれて、自助努力を促される環境に身を置くこと。後輩に囲まれてあぐらをかいていては成長できない。先輩に囲まれて背伸びをする環境に身を置こう。

2.それでも自分の怠惰さから抜け出せないのであれば、お金をかけてコミットしよう。

具体的行動を考えなくては。






最後に。
点と線と面の話。

大学でスペイン語を始めた。(点1)
大学でバイオリンを始めた(点2)
大学で国際協力を志した(点3)

スペイン語でオーケストラをすることができた(線1-2)
スペイン語で国際協力をすることができた(線1-3)
バイオリンで国際協力をすることができた(線2-3)

エルシステマ・ジャパンのイベントでララ・ソモスという視覚障がい者の音楽家を日本に招待して演奏会をしたとき、
スペイン語を使って彼らの世話を手伝い、バイオリンを弾いて共演し、国際協力の一助をなした(面1-2-3)

これを深化させていけば、「自分にしかできないこと」ができてくるのかもしれない。
もう少し考えてみよう。
2017.10.06 再開。
二年ぶり。

自分は熱しやすく冷めやすいというか、情熱が長続きしないところがあるので、ようやくおとずれた書きたい気持ちも、すぐに過ぎ去ってしまうのかもしれない。けど、四の五の考える前にとにかく一つ投稿してしまおう。

自分の独り言を書くのは簡単だ。

対外的に発信できるレベルのものを書くことは大変だ。

理想を言えば、日本語で、英語で、スペイン語で、読者に有益な情報や考えさせることを投じたい。
ただそれをするには、とてつもない時間をキーボードの前で過ごさなくてはいけない(そしてかつ、書くものが読者にとって読むに値するものでなければいけない)。

冷めやすい自分がそこまでできるかな。


まあ、四の五の言わすにやってみよう。

「書けるようになったら書く」では、永遠に書けないからね。
2015.06.07 一ヶ月。
帰任まで、およそ一ヶ月となった。


3月頭に上司に会社を辞めさせて頂きたい旨を報告して以来3ヵ月。

この3か月は自分の今までの人生の中でも、最も充実していてて、ストレスを感じる時間が少なく、喜びを感じる時間が多くて、正直、あと少しでこの国を去ること、今の会社を辞めることが、本当に名残惜しい。

でも、「なら、残る?」という可能性を考えてみると、答えは否。
このまま今のまま、中小の会社のサラリーマンで、仮にその中で輝く存在になったとしても結局は井の中の蛙状態で、「利己」のために生きる人生となる。

方向転換をしても、上と同じようになる可能性は同様に存在するけど、そうならない努力をしたいから。





とはいえ。

この3ヵ月、
「体が二つあったら」
「人生が二回あったら」
「二者択二できる方法があったら」
「あともう少し時間があったら」

と何回思ったかわからない。

今日も最近知り合った人と仲良くなって来て、時間さえあれば長い目で付き合っていけそうな人なのに、とても惜しい。


二者択二ができないのなら、ある可能性の中で最善の一手を打つべし。

それは、1年間が終わった後、できるだけ早く、何らかの形で、かつ自分の望む形で、また戻ってくること。

これに尽きるでしょう。


これほどまでに自分の人生に影響を及ぼしてくれた国。
知り合ってきた人々。培ってきた友情。学んできた知識。
派遣してくれた会社。辛抱して教えてくれた上司。

皆に本当に、心から感謝しています。

まだ終わっていないけど、また皆に、会えますように。


2015.03.25 投函。
今日、大事な書類を投函した。

今年・来年の生活に関わり、さらに将来に響く自分の経歴にも関わる、重要な奨学金の応募書類。

作成・投函にあたって、色々な人に助けてもらった。

そもそも自分が住んでいる国では、書類が集まらなかった。
家族にお願いして、一旦家族のもとに全て書類を集めてもらい、そこから投函してもらった。
書類の作成にあたっても、教授・上司・友人…面倒なお願いに対応してもらった。

もし選考に漏れたとしても、皆への恩は絶対に忘れないし、恩返しをできる人間でいようと思う。


あとは祈るのみ。
2015.03.18 内向。
会社で中南米の駐在員候補が不足しているので、自分のフェイスブック上で募集をかけてみた。

真面目に反応してくれたのは、4人。うち1人は友人が話を回してくれた。

4人のうち、「興味あります!」と積極的に履歴書を送ってくれたのは2人で、2人とも女性だった。

男性の方は、「興味はあるけど、今の自分の実力では。。。」とか、「慎重にならざるを得ない。。。」
とか、女々しい返事ばかり。


ぼくの意見では、今応募しても1年後に応募しても、実力は何ら変わらないと思うのだけど。
興味があるなら突撃してみればいいし、興味はあるけど慎重になってやめる、というのもよくわからない。



まわりで中南米で活躍してる人も女性の方が多いし。


日本人の若者、特に男性の内向き志向が叫ばれてるけど、これは、(母数の少ない検証であるとはいえ)事実なのではないだろうか。




…どこかに「中南米!駐在!したいです!!」ていう骨のある男はいねえのかァ!

2015.03.16 二回。
生涯野球をプレーしてきた(している)ぼくの父が、人生を野球に例えていた。

自分の人生を野球の試合に例えると、まだ二回裏。

序盤も序盤だ。

試合は続く。
2015.03.10 駄文。
今作成している書類(英文)を、知り合いのネイティブの友人に見てもらった。

結果、悪い書類の代名詞と言っていいくらいダメな文章だったということがわかった。

具体例に乏しい、質問の答えになっていない、「この人が他と比べて飛び抜けて特別だ」という
インパクトを与えるものが無い、などなど。

自信のある文章ではなかったけど、ここまで徹底的に直されるとは。。。

このタイミングで言ってもらえて、この友人と知り合えて、すごく嬉しい。


日本で就職やら進路関係で書類落ちしたことはないし、こういう文章を作るのは得意な方だと思っていた
けれど、海外のレベルは高い&そもそも書き方が違う&そもそも評価ポイントが違う(例えば日本より
ずっと数字・事実・結果にこだわる)ことを理解して、このレベルに自分を到達させる必要性をひしひし
と感じている。

この人に助言を仰いでいなかったら確実に書類落ちしただろうと今は思うし、もしこのお陰で受かったら、
それこそ足を向けて眠れません。

こういう将来のことに関する書類を作っていると、自分で自分の文章に興奮して、自分はすごい可能性を
秘めた人間なんだ!と勝手に思い込みたくなるけれど、冷静に客観的に自分の能力のなさを認める必要が
ある。

2015.03.07 信長。
お悩み

大学生です。自分は今、好きなひとがいます。かれこれ2年くらい頻繁に連絡を取り合っています。そのひとには彼氏がいるのですが、最近ずっと仲が悪いようで、喧嘩しては彼氏が謝って一旦仲直り、また喧嘩という流れを繰り返しているようです。僕はその相談を何度も受けていて、何をアドバイスしても、どう自分をアピールしても結局そういう流れを繰り返すので、正直聞いていて辛いです。

恋愛相談等のサイトには「彼氏のいる女と付き合うには、まず恋愛相談される仲になること」としきりに書いてありますが、これは正しいのでしょうか?脈を感じません。
(タキオン 20代 男性)

脈は感じるものじゃない、
作るものでしょ

信長って人気ありますよね〜。若い頃、信長と衆道の関係にあった利家は周りからうらやましがられていたともいいますし、男性からすると魅力的でならないんでしょうね。グイグイ強引でそれでいて繊細そうなイメージで、女性ファンが多いのもわかりますよね。

そこいくとご相談者さまってば、家康系じゃないですか?鳴くまで待とう的な。うんうん話を聞くだけでそれ以上は自分から動きかけず、相手が脈を出すのを待って待って待ち続けるっていうのは。できる限り自分が傷つかないように、動かないというやり方。経営者には家康好きって結構いますよね。安泰な長期政権を築き上げた手腕に感じ入って、みたいなことで。でも、それって分別ついたオヤジになって初めて理解できる魅力であって、女子大生にはわからないだろうな〜。

傷つくかもしれないのに、勇気をもって踏み出してくれる。そんな信長チックな激しく青い行動に心動かされこそすれ、たぬきオヤジの保身戦略にハートがグラグラ揺れる乙女って、ちょっと想像できないな〜。

やっぱり女落としたいなら、壁ドンしたり、好きだ!って唐突に叫んだりしないと!そうやってドキドキさせて、あと1mm超えたら関係が変わっちゃう、みたいなところまで彼女を追い詰めないと〜。脈っていうのは感じるものじゃなく、作るものですから。

信長として生きるか、家康として生きるか。ご相談者さまは今、大事な岐路に立っています。一生を左右することでもありますので、よく考えてみてください。
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2015.03.06 3ヵ月。
抜いた親知らずの痕が10日経ってもまだじわじわと痛む。

歯をこそぎ落とすことが体に与える衝撃の強さよ。

でも、ようやくスポーツも解禁…ようやく!




数日前、今の会社に退職の意を伝えた。

まず事務所長に。
次に、地域のボスに。
そして、正式に本社役員に。

今日は、ローカルスタッフを含めて全員で話し、今後の体制、引継ぎの話をした。


この国では、退職の話すらギャグにしてしまう。
改まって話をしようとすると、力が抜ける。




社内に退職の意思を伝えてから実際に退職するまで、通常はどのくらい期間を置くものなのだろうか。

ぼくは、3か月前を見こして連絡した。

ぼくの担当していた仕事の特殊性(赴任ができて、言語ができて、仕事ができなければいけない)から、
3か月あっても引継ぎはギリギリになるだろう。というより、引き継ぎきってあとはお任せ…という状態にまで
は絶対に出来ないと断言できる。

4年間かけて築いた人間関係や、知識、場数というものがあるから。


それでも退職の意思を伝えた人間の最後の責務は、迷惑を最小限にするためにできるかぎり引き継ぐことと、
何もなかったかのようにこれまでと同様に会社に貢献すること。

「立つ鳥跡を濁さず」

これができれば5年間の会社員人生に合格をつけられる。


上司は皆、惜しんで下さり、激励して下さった。
ローカルの皆も将来のことを伝えると、「事務所は大変になるけど、自分のことのように嬉しいよ」と言ってくれた。


激励してくれること。
自分の進路を変に隠さず堂々と明らかに伝えても、理解してくれること。


これらは結局、自分の仕事がうまくいっていたから、会社のもとめるものを果たしていたからだと思う。


同じことをもしまだ全然独り立ち出来ていないころに言っていたら、白けられ、見捨てられただろうから。

その意味でも、今がベストのタイミングだったと、言い切れる。


さてこれから3か月、怒涛の日々だ…

今まで忙しくない時期なんてなかったけど、必要とされて、やること沢山あって、本当に幸せを感じる。

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