上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015.06.07 一ヶ月。
帰任まで、およそ一ヶ月となった。


3月頭に上司に会社を辞めさせて頂きたい旨を報告して以来3ヵ月。

この3か月は自分の今までの人生の中でも、最も充実していてて、ストレスを感じる時間が少なく、喜びを感じる時間が多くて、正直、あと少しでこの国を去ること、今の会社を辞めることが、本当に名残惜しい。

でも、「なら、残る?」という可能性を考えてみると、答えは否。
このまま今のまま、中小の会社のサラリーマンで、仮にその中で輝く存在になったとしても結局は井の中の蛙状態で、「利己」のために生きる人生となる。

方向転換をしても、上と同じようになる可能性は同様に存在するけど、そうならない努力をしたいから。





とはいえ。

この3ヵ月、
「体が二つあったら」
「人生が二回あったら」
「二者択二できる方法があったら」
「あともう少し時間があったら」

と何回思ったかわからない。

今日も最近知り合った人と仲良くなって来て、時間さえあれば長い目で付き合っていけそうな人なのに、とても惜しい。


二者択二ができないのなら、ある可能性の中で最善の一手を打つべし。

それは、1年間が終わった後、できるだけ早く、何らかの形で、かつ自分の望む形で、また戻ってくること。

これに尽きるでしょう。


これほどまでに自分の人生に影響を及ぼしてくれた国。
知り合ってきた人々。培ってきた友情。学んできた知識。
派遣してくれた会社。辛抱して教えてくれた上司。

皆に本当に、心から感謝しています。

まだ終わっていないけど、また皆に、会えますように。


スポンサーサイト
善意で貧困はなくせるのか?.




「善意で貧困はなくせるのか?」
著者:ディーン・カーラン、ジェイコブ・アペル


いよいよ開発に関する本の読書録。
他に何冊か既に読んだ本があるけど、それもおいおいアップしていきたい。

原本のタイトルは、"More than good intentions"。

「善意で手を差し伸べることは素晴らしいけれど、もう一歩先に進んで、その善意がより効果的に現場に行き届くようにはどうしたらいいか?ということを考えましょう」という発想。

考え方は、行動経済学という学問に沿って、また実際の分析はランダム化比較試験(RCT=Randomized Control Trial)という手法を使って進められる。

行動経済学:
マクロな視点だけでなく、プロジェクトの対象となる実際の人間の反応や行動を観察し、彼らがどのように選択・行動し、その結果どうなるかを突き止め、最適な援助の方法を発見していく学問。

ランダム化比較試験(RCT):
あるターゲットに対して行った行動がどれくらいの効果をもたらしたかを調べるための手法。ターゲットに対してのビフォー・アフター分析を、ターゲットだけでなく、ターゲットでない人に対しても行うことで、客観的な影響をより正確にはかりとる手法。



例えば、インドの貧しい農民向けに、降雨保険を提供する話。
降雨量の少ない年に農民が受ける経済的ダメージを軽減する保険(セーフティネット)の使用率を上げようとする試みだが、どうやったら効果が上がるかを確かめるために筆者は次の分析を行う。

①パンフレットに載せる写真を変えてみる
②保険加入によって得られるメリットの記載方法を変更
③教育的なプレゼンテーション
④マンツーマンの勧誘


①②③での手法では使用率に変化が見られなかったが、最終的に④の方法で加入率が劇的に上昇することを発見。

即ち、「信頼されている組織から紹介された人による」「自宅に訪問しての」勧誘。

このように、降雨保険プロジェクトといっても、(人々の善意で)集まったお金でパンフレットを作ってばらまいて終わりでなく、対象となる国や地域に特有の事情、または人々の置かれている特殊な境遇、宗教的理由など、先進国の価値判断では(往々にして)推し量れない理由も分析した上で、最も効率の良い方法を追い求めていく。



特にマイクロファイナンスの章では、ローン利用者の実際のお金の用途を分析したり、より返済率を上げる方法(ターゲットにより返済したいと思わせる方法)などについてのケーススタディーを記録している。

マイクロファイナンス:
個人に対して少額の融資を行うことで個人の経済的独立(貧困の悪循環から抜け出し、好循環に入らせる)を促す援助手法。例えば、手作業での縫物を仕事にして、月に300ドルの収入があるも、生活費で全て消えてしまい貯蓄ができない状況にある人がいるとする。その人に対して、ミシンを買うだけのお金(例えば1000ドル)を貸してあげることによって、月々の収入が300ドルから500ドルに増えるとすれば、その人は増えた収入の中から1000ドルを何か月かかけて返済することができ、返済後は500ドルの収入を持つ仕事を独立して続けられる。




自分の今いる国で机上の理論では効果的な活動はできないことを身に染みて実感している身として、著者のディーン・カーラン(Dean Karlan)の現場の状況をよく分析してより効果的な援助の手法を考えるやり方にはとても共感を覚えた。

そして何より彼のコメント「経済開発という専門特化したお堅い世界と、必ずしもフルタイムの仕事としてでなくても貧困問題に関心を持ち、関わっている人々の幅広い世界とに橋をかけたいとずっと思っていた」。

この一文で、この人のファンになった。

この文章の通り、援助や開発と関係のない人生を送っている方や、興味はあるけど難しいテーマにはついていけないという方でも気軽にサクサク読めます。

2015.04.24 選択。
"The human faculties of perception, judgment, discriminative feeling, mental activity, and even moral preference, are exercised only in making a choice. He who does anything because it is the custom, makes no choice. He gains no practice either in discerning or in desiring what is best. The mental and moral, like the muscular powers, are improved only by being used. (…) He who lets the world, or his own portion of it, choose his plan of life for him, has no need of any other faculty than the ape-like one of imitation. He who chooses his plan for himself, employs all his faculties. He must use observation to see, reasoning and judgment to foresee, activity to gather materials for decision, discrimination to decide, and when he has decided, firmness and self-control to hold to his deliberate decision. "
-John Stuart Mill “On Liberty”

“Las facultades humanas de percepción, de juicio, de discernimiento, de actividad mental, e incluso de preferencia moral, no se ejercen más que en virtud de una elección. Quien hace algo porque es la costumbre, no hace elección ninguna. No adquiere ninguna práctica ni en discernir ni en desear lo mejor. La fuerza mental y la moral, lo mismo que la fuerza muscular, no progresan si no se ejercitan. (…) El hombre que permite al mundo, o al menos a su mundo, elegir por él su plan de vida, no tiene más necesidad que de la facultad de imitación de los simios. Pero aquel que lo escoge por sí mismo pone en juego todas sus facultades. Debe emplear la observación para ver, el raciocinio y el juicio para prever, la actividad para reunir los materiales de la decisión, el discernimiento para decidir, y, una vez que haya decidido, la firmeza y el dominio de sí mismo para mantenerse en su ya deliberada decisión.”
-John Stuart Mill “Sobre la libertad”

「知覚、判断、識別感覚、精神的活力、道徳的判断さえも含めた人間の能力は、選択することによってのみ発揮される。何事であれそうするのが習慣だからという理由でする人は、何の選択もしない。彼は最善のものを見分けたり望んだりする訓練ができない。精神力や道徳心は、筋力と同じように、使われることによってのみ向上する。(…)自分の生活の計画を自分で選ぶのではなく、世間や身近な人たちに選んでもらっている人は、猿のような物真似の能力以外に、何の能力も必要としない。自分の計画を自分で選ぶ人は、能力のすべてを使う。現実をみるために観察力を使い、将来を予想するために推理力と判断力を使い、決定をくだすために識別能力を使う必要があるし、決定をくだした後にも考え抜いた決定を守るために意志の強さと自制心を発揮する必要がある。」
─ジョン・スチュアート・ミル「自由論」
2冊目を読み終わるのに大分時間がかかってしまった。

世界史の次は、日本史。

詳説 日本史研究 山川出版社

改定版 詳説 日本史研究 
山川出版社


先の世界史と同じく、社会人でありながら、国際人でありながら、自分の歴史に対する見識があまりに浅いことを痛感したことが購入のきっかけ(日本語を勉強しているここの国の学生が自分より日本史や日本文学について詳しいことに、驚嘆すると同時にとても恥ずかしい気持ちになった)。

高校の教科書を思い出す構成で、1冊で古代から現代までの一通りの流れを理解することができ、辞書的にも使えるため助かった。ちょうどその学生が貸してくれたテレビドラマ「信長協奏曲」を見ながら、ちらちらとこの本を読み直し、歴史上の事実とテレビドラマ上の設定を比べることでより鑑賞を楽しむこともできた(「信長協奏曲」自体は個人的には駄作だと思ったけど)。

またこの国に最初に到着した日本人とされている支倉常長(はせくらつねなが)に関しても記述があり、こうして現実世界とつなぎ合わせることで見識を深めることができた。

感想
*日本の歴史の長さ
今住んでいる中南米や、というかアメリカ合衆国も、有史とされているのは1492年以来。それ以前のことでわかっているのは非常に断片的な知識だけで、つまり、彼らの歴史の授業は実質500年そこそこしか存在しないのである。

かたや日本は、2万年も前の記録を、世界の気候の変化、発見されている動物や植物の化石の特徴、火山灰や地層などの情報から推測・解明している。「放射性炭素14Cによる年代測定によれば、日本列島における土器の出現は、今から約1万3000年前にさかのぼる」とのこと(1万6000年前とする説も)。この時代(縄文時代)は遺跡の発掘のみで、個人的な人名や歴史的事実は知られていないが、その次の弥生時代(紀元前5~紀元3世紀)の時点で、内乱が頻発していたこと、そのため女王卑弥呼をたてたこと、それにより内乱が収まったこと、また卑弥呼は夫がおらず弟が政務をとったこと、などが解明されている。

(これらが解明されているのは、中国が日本の情勢を記した書によるもの→中国大陸の歴史の長さは日本を遥かに凌ぐ。)
(日本は先進国だからこそ、最先端の研究ができ、細かい検証・課程が可能なのかもしれない。)

その時代から、中国、朝鮮半島との長きに渡る歴史、仏教、儒教(のちにキリスト教)の伝播、政治や法律などの体制の確立、農業、工業、商業の発達、文学や文化などの発展…が緻密に記録されている。



世界史と同じく、時をおいてもう一度読み直してみたい。


... 続きを読む
2015.03.25 投函。
今日、大事な書類を投函した。

今年・来年の生活に関わり、さらに将来に響く自分の経歴にも関わる、重要な奨学金の応募書類。

作成・投函にあたって、色々な人に助けてもらった。

そもそも自分が住んでいる国では、書類が集まらなかった。
家族にお願いして、一旦家族のもとに全て書類を集めてもらい、そこから投函してもらった。
書類の作成にあたっても、教授・上司・友人…面倒なお願いに対応してもらった。

もし選考に漏れたとしても、皆への恩は絶対に忘れないし、恩返しをできる人間でいようと思う。


あとは祈るのみ。
2015.03.18 内向。
会社で中南米の駐在員候補が不足しているので、自分のフェイスブック上で募集をかけてみた。

真面目に反応してくれたのは、4人。うち1人は友人が話を回してくれた。

4人のうち、「興味あります!」と積極的に履歴書を送ってくれたのは2人で、2人とも女性だった。

男性の方は、「興味はあるけど、今の自分の実力では。。。」とか、「慎重にならざるを得ない。。。」
とか、女々しい返事ばかり。


ぼくの意見では、今応募しても1年後に応募しても、実力は何ら変わらないと思うのだけど。
興味があるなら突撃してみればいいし、興味はあるけど慎重になってやめる、というのもよくわからない。



まわりで中南米で活躍してる人も女性の方が多いし。


日本人の若者、特に男性の内向き志向が叫ばれてるけど、これは、(母数の少ない検証であるとはいえ)事実なのではないだろうか。




…どこかに「中南米!駐在!したいです!!」ていう骨のある男はいねえのかァ!

2015.03.16 二回。
生涯野球をプレーしてきた(している)ぼくの父が、人生を野球に例えていた。

自分の人生を野球の試合に例えると、まだ二回裏。

序盤も序盤だ。

試合は続く。
2015.03.10 駄文。
今作成している書類(英文)を、知り合いのネイティブの友人に見てもらった。

結果、悪い書類の代名詞と言っていいくらいダメな文章だったということがわかった。

具体例に乏しい、質問の答えになっていない、「この人が他と比べて飛び抜けて特別だ」という
インパクトを与えるものが無い、などなど。

自信のある文章ではなかったけど、ここまで徹底的に直されるとは。。。

このタイミングで言ってもらえて、この友人と知り合えて、すごく嬉しい。


日本で就職やら進路関係で書類落ちしたことはないし、こういう文章を作るのは得意な方だと思っていた
けれど、海外のレベルは高い&そもそも書き方が違う&そもそも評価ポイントが違う(例えば日本より
ずっと数字・事実・結果にこだわる)ことを理解して、このレベルに自分を到達させる必要性をひしひし
と感じている。

この人に助言を仰いでいなかったら確実に書類落ちしただろうと今は思うし、もしこのお陰で受かったら、
それこそ足を向けて眠れません。

こういう将来のことに関する書類を作っていると、自分で自分の文章に興奮して、自分はすごい可能性を
秘めた人間なんだ!と勝手に思い込みたくなるけれど、冷静に客観的に自分の能力のなさを認める必要が
ある。

2015.03.07 信長。
お悩み

大学生です。自分は今、好きなひとがいます。かれこれ2年くらい頻繁に連絡を取り合っています。そのひとには彼氏がいるのですが、最近ずっと仲が悪いようで、喧嘩しては彼氏が謝って一旦仲直り、また喧嘩という流れを繰り返しているようです。僕はその相談を何度も受けていて、何をアドバイスしても、どう自分をアピールしても結局そういう流れを繰り返すので、正直聞いていて辛いです。

恋愛相談等のサイトには「彼氏のいる女と付き合うには、まず恋愛相談される仲になること」としきりに書いてありますが、これは正しいのでしょうか?脈を感じません。
(タキオン 20代 男性)

脈は感じるものじゃない、
作るものでしょ

信長って人気ありますよね〜。若い頃、信長と衆道の関係にあった利家は周りからうらやましがられていたともいいますし、男性からすると魅力的でならないんでしょうね。グイグイ強引でそれでいて繊細そうなイメージで、女性ファンが多いのもわかりますよね。

そこいくとご相談者さまってば、家康系じゃないですか?鳴くまで待とう的な。うんうん話を聞くだけでそれ以上は自分から動きかけず、相手が脈を出すのを待って待って待ち続けるっていうのは。できる限り自分が傷つかないように、動かないというやり方。経営者には家康好きって結構いますよね。安泰な長期政権を築き上げた手腕に感じ入って、みたいなことで。でも、それって分別ついたオヤジになって初めて理解できる魅力であって、女子大生にはわからないだろうな〜。

傷つくかもしれないのに、勇気をもって踏み出してくれる。そんな信長チックな激しく青い行動に心動かされこそすれ、たぬきオヤジの保身戦略にハートがグラグラ揺れる乙女って、ちょっと想像できないな〜。

やっぱり女落としたいなら、壁ドンしたり、好きだ!って唐突に叫んだりしないと!そうやってドキドキさせて、あと1mm超えたら関係が変わっちゃう、みたいなところまで彼女を追い詰めないと〜。脈っていうのは感じるものじゃなく、作るものですから。

信長として生きるか、家康として生きるか。ご相談者さまは今、大事な岐路に立っています。一生を左右することでもありますので、よく考えてみてください。
... 続きを読む
2015.03.06 3ヵ月。
抜いた親知らずの痕が10日経ってもまだじわじわと痛む。

歯をこそぎ落とすことが体に与える衝撃の強さよ。

でも、ようやくスポーツも解禁…ようやく!




数日前、今の会社に退職の意を伝えた。

まず事務所長に。
次に、地域のボスに。
そして、正式に本社役員に。

今日は、ローカルスタッフを含めて全員で話し、今後の体制、引継ぎの話をした。


この国では、退職の話すらギャグにしてしまう。
改まって話をしようとすると、力が抜ける。




社内に退職の意思を伝えてから実際に退職するまで、通常はどのくらい期間を置くものなのだろうか。

ぼくは、3か月前を見こして連絡した。

ぼくの担当していた仕事の特殊性(赴任ができて、言語ができて、仕事ができなければいけない)から、
3か月あっても引継ぎはギリギリになるだろう。というより、引き継ぎきってあとはお任せ…という状態にまで
は絶対に出来ないと断言できる。

4年間かけて築いた人間関係や、知識、場数というものがあるから。


それでも退職の意思を伝えた人間の最後の責務は、迷惑を最小限にするためにできるかぎり引き継ぐことと、
何もなかったかのようにこれまでと同様に会社に貢献すること。

「立つ鳥跡を濁さず」

これができれば5年間の会社員人生に合格をつけられる。


上司は皆、惜しんで下さり、激励して下さった。
ローカルの皆も将来のことを伝えると、「事務所は大変になるけど、自分のことのように嬉しいよ」と言ってくれた。


激励してくれること。
自分の進路を変に隠さず堂々と明らかに伝えても、理解してくれること。


これらは結局、自分の仕事がうまくいっていたから、会社のもとめるものを果たしていたからだと思う。


同じことをもしまだ全然独り立ち出来ていないころに言っていたら、白けられ、見捨てられただろうから。

その意味でも、今がベストのタイミングだったと、言い切れる。


さてこれから3か月、怒涛の日々だ…

今まで忙しくない時期なんてなかったけど、必要とされて、やること沢山あって、本当に幸せを感じる。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。